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いじめられっ子から障害者になった人生四半世紀

いじめられっ子から障害者になった人生の四半世紀分の話

余り者

いじめられっ子の運命として、余り者になることも常であると思う。


クラスのグループワークやレクリエーション、体育の授業でのチーム決め。

社会科見学やキャンプ、修学旅行の班分け。

「好きな人と組んで」という言葉は地獄の合言葉みたいだった。


余り者になったときの寂しさや、みじめさは当然ながら、余った際の周りの視線もとても居心地が悪かった。


彼らの目が訴えることが、はやくどこかの班に入れよと迷惑がっているのか、また余ってると笑っているのか、余り者が自分の班に入ってきませんようにと思っているのか、私には今でも分からない。

しかし、私のことを気持ち悪がって誰にも「一緒に組もう」と言えない環境を作っている張本人たちが、私が余ることで滞る授業やレクリエーションや、停滞する空気を疎んでさらに私を目の敵にする悪循環は、とても理不尽なように思えた。