いじめられっ子から障害者になった人生四半世紀

いじめられっ子から障害者になった人生の四半世紀分の話

世界で一番辛い人

学校へあまり行かなくなった頃から、これは高校までにかかってくる話でもあるのだが、

「もっと辛い人はたくさんいるんだから」

とよく言われた。


「私の知り合いの学校の子は机の上にわざと花を置かれたりもしていたらしい。それに比べたらまだいい方だ」

「世の中には行きたくても学校に行けない人がいる。それに比べたらあなたはまだいい方だ」


親を引き合いに出して話をする人もいた。

「あなたが学校に来ないことで、授業に出ないことで、悲しむのは親御さんでしょう。親御さんの為にも云々」

「もしあなたがひどい病にかかって、臓器移植手術を受けるとしたら、真っ先に私のを使ってくださいというのはあなたの親だ。その親の為にも云々」

とかいうのを、やけにしんみりとさせながらいっていた。


他にも

「生きたくても生きていられない人だっているのに」だとかそんなのもよく聞いた。


結びの言葉には大体、「だから少しだけ教室に行ってみよう」だとかの言葉がついた。

私はこれを悉く断っていたのだが、その度にそういうことを言ってきた人たちはとても不満そうな顔を見せた。


彼らの言わんとしていることは分かっていたし、彼らにとっては、それは励ましの言葉のつもりだったのだろう。


残念ながらそれらが私の中で励ましとなったのは一度もないのだが。


それらは逆に、もっと辛い思いをしている人がいるのに、私がこのいじめのことで、自分の中に渦巻いているどす黒いもやもやしたもので、辛そうに苦しんでいるのは甚だしいと言われているように私に感じさせた。


もっとひどいことをされている人がいるのだから、私が受けてきた「死ね」や、悪口や、バイ菌扱いや仲間はずれは些事で、私がそれに対して苦しみを感じるのはおかしいと、

学校に行きたくても行けない人だっているのに、学校に行かないのは贅沢であると、

生きたくても生きていられない人だっているのに、死にたいというのはおかしいと、

それらの人の方が辛いのに私が辛がり苦しむのはおかしいと、

批判されているようにも感じた。


加えて、その言葉の中にいるのは私ではなかった。

その言葉で彼らが慮っていたのは私よりも辛い誰かであり、私が学校へ行かないことを悲しむ親であり、学校に行きたくても行けない人であり、生きたくても生きられない人であった。

彼らの方が辛いんだからあなたは平気でしょ?と、つまり、そういう言葉であった。


私は確かに辛かったと思う、苦しかったと思う。

だが、彼らはそれを認めさせてはくれなかった。


そんなに言うのなら私の代わりに学校に行きたい人が行けばいいし、私の代わりに誰か生きていたい人が生きてればいいのではないかと思った。

世界一辛い人などどこにいるのだろうか。

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