いじめられっ子から障害者になった人生四半世紀

いじめられっ子から障害者になった人生の四半世紀分の話

トラウマ

今改めて思えばそれはトラウマのようなものだったのだと思うのだが、


高校入学してからは、人の目がとても恐ろしかった。

みんなは私をいじめたりしない。

現にこうして、春を終えた今でも仲良くしてくれてるじゃないか。

風邪をひいて休んでも、心配をしてくれるじゃないか。

みんながみんなと接するのと同じように、みんなは私とも接してくれているじゃないかと、


どれだけ自分自身に言い聞かせても、

自分のどこかおかしな言動が影で笑われたりしているのではないのだろうか、

いつか、この人たちは私のことを嫌いになって仲間はずれにするのではないのだろうかと

不安や恐ろしさは消えなかった。


友達と一緒にいても、楽しいはずなのに、どこか不安ばかりが募った。



それは学祭の時だった。

学祭自体も、ほぼ初めてみんなでわいわいしながら準備を進めていたことに、始終とてもどきどきしていた。周りとうまく合わせられるだろうか、邪魔にはなってないだろうかと、心の中がざわついていても、自分なりに一生懸命がんばった。


学祭の最終日。

みんなで頑張ったのを労おうと、打ち上げ会が開かれた。

私は学祭の最中、所属していた放送部としても活動していたこともあり、後片付けに追われていた。

事前に、もしかしたら行けないかもしれないとは言ってあった。

しかしせっかく誘ってくれたのだからと、片付けが終わったあと急いで打ち上げ会場に向かった。

胸がとてもどきどきしていた気がする。

せっかく誘ってくれたのに遅くなってしまった、まだ行っても、迷惑ではないだろうか。今更行っても、迷惑だろうか。

打ち上げをすることになっていたお店の場所を調べようと携帯を取り出したはいいが、充電が切れていた。

頭が真っ白になった。


あぁなんで今電池が無くなるんだろう。

あらかじめちゃんと調べて紙に書いておけばよかった。

これじゃぁ連絡もできない。


ひとまず最寄り駅にさえ行けば、地図でわかるかもしれないとも思ったが、残念ながらわからなかった。

時間はどんどんと過ぎていくし、連絡も取れないし、次第に焦りと、不安と、恐怖が募っていった。


結局打ち上げに参加することはできず、後日打ち上げに誘ってくれた子に謝った。

彼女は気にしないでと言ってくれた。

許して貰えた。


しかし私の中で日々積み重なっていた不安と、緊張と、恐怖は、そこで遂に限界を迎えたようだった。


自分でも不思議だった、彼らは私に何もしておらず、仲良くしてくれていたのに、なぜ私はこんなにも彼らに恐怖を感じているのだろうか。

どうしていじめっ子が1人も居ない学校へ行くのがこんなにも恐ろしくてたまらないのだろうか。


最初は学校へ行くのが憂鬱だった。

次は、体調が悪いと学校を休み始めた。

通えていたのは半年と少し。

私は再び不登校になった。


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