いじめられっ子から障害者になった人生四半世紀

いじめられっ子から障害者になった人生の四半世紀分の話

道徳

小学校の頃は、道徳の授業があった。様々なテーマに対して、個人がどう思うかの意見を述べたりする内容の授業だったと思う。家族のことから、それこそ、いじめのことについても取り上げられたことがある。今でも覚えているのが、いじめについて、実例だった…

泣く子がつよい

小学校6年生の年だったと思う。今では動機を思い出すことは出来ないが、合唱コンクールのピアノに挑戦してみようと思ったことがある。ピアノは小学校に入る前から習っていたし、ピアノの先生にしばらくの間レッスンでも合唱コンクールのピアノの練習をさせて…

きらい

小学校のクラブ活動では金管バンド部に所属していた。金管バンド部で、打楽器の、小太鼓を担当していた。クラス内で嫌厭されていていたこともあり、同学年の子とは距離があったが、他学年も多く所属している事もあり、楽器が違えば話す機会も少ないし、クラ…

手紙

小学生の頃は、携帯を持っているというのは稀で、まだまだ手紙というコミュニケーションツールが主流だった。授業中や、休み時間に、小さなメモ用紙に何か書いてはそれを上手い具合に折りたたんで、渡したり、交換していた。ある休み時間の終わりがけ、自分…

グループ内での優劣

「キモいグループ」と言われていた私とその友人達のグループ内でも、過ごしているうちに次第と人の優劣が出てきていた。1番上は他のグループの人とも話せるような。いわばクラスでいうと中立的な人。真ん中は、グループ内で誰とでも平等に接せる人。下はクラ…

小学校の先生

いじめという嫌がらせを受けて、誰かに助けを求めたり、声をあげたりしたことがない訳ではなかった。特に一緒に過ごすグループ内の友人も嫌がらせ等受けていたりすると、同じ仲間がいる分声をあげやすかった。当時、私達は先生に訴えれば少しはこの問題が解…

きもいグループ

小学生当時、キモいと疎まれていた私でも、数人の友達がいた。友達と言うよりは、クラス内でできる複数の「何をするにも一緒」のグループから溢れた数人で集まった、周囲のグループから「キモいグループ」と言われるような、いわゆるイケていない、余り者グ…

余り者

いじめられっ子の運命として、余り者になることも常であると思う。クラスのグループワークやレクリエーション、体育の授業でのチーム決め。社会科見学やキャンプ、修学旅行の班分け。「好きな人と組んで」という言葉は地獄の合言葉みたいだった。余り者にな…

きもいのとバイ菌扱いはデフォルト

いじめにおいて「きもい」と言われたり、バイ菌扱いをされるのは定番の行為だと思う。私も、いじめにあっていた頃はそれが日常的だった。小学生の頃は、今ほど「きもい」という言葉が常套句としてなかったと思うので、小学生の頃はバイ菌扱いが主だった気が…

一番最初

一番最初に、いじめという行為の代表的な悪口だとか嫌がらせを受けた時は、私自身「自分がいじめられている」とは思っていなかったと思うただ、小学校の中学年の頃からだったか、座っている時の所作や、手が口に触れた時の仕草を笑われたり、なにか失敗をし…

私は今

私は今25歳通院は週に1回薬は1日に1回精神障害の福祉手帳2級を持っている中学は不登校高校は中退大検(高卒認定)受けて大学に進学、卒業なんとか就職現在休職中

はじめに

はじめにいじめってきっとなくならないものだそのなくならないものってのは世の中からなくならないだろうっていうのもそうだしいじめられた経験を受けた私の中からもなくならないってことだいじめられる環境から抜け出してもうすぐ10年ほどになると思うけど…